次の文章を読んで、文章全体の内容を考えて、後の問いに答えなさい。答えは A ～ D の中から最適なものを一つ選びなさい。 「もう一回兄と角カをとろう。そして自分は立派に兄に勝ちを譲ろう。」誠二のその決心は頼みがいのない兄を持った自分の淋しさをいやそうとの考えからで、決して兄が負けたから、今度は自分が負けて兄の気持ちを悪くしたくないからでも、また兄に勝って失礼したのをおわびしたいからでもなかった。「もう一回やってみましょう。」と何気なく誠二は言った。 兄は「もうごめんだよ。若いものは勝ちに乗じて何回もやりたがるものだなあ。」とおかしみたっぷりに言った。誠二にはその言葉がこの上なく皮肉に聞こえたのであった。＿＿＿、「何でもいいからやりましょう。」と鋭く言った。兄もさすがに真顔になって「それじゃ、やろう。」と言って立ち上がった。あたりで見ていた誠二の友だちはどっちが勝ってもいいような様子をして、二人に声援をしていた。誠二が兄と取り組んでからはほとんど夢中と言ってよいくらいであった。それでも「もういいだろう。」ということが夢中になっている誠二の頭に浮かんできた。誠二はわざとごろりと横になった。それは自分ながら驚くほど自然にころんだのだ。友達はこの意外な勝負を見てワッとばかり叫んだ。 それは兄をほめる歓声でなかった。誠二をののしる叫びだった。兄は得意そうに微笑んでいた。そうして倒れている誠二の脚を彼の足先でちょっとつついた。 誠二は黙って立ち上がった。彼の友だちはがやがや騒ぎ出した。中にはこんな声も混じってあった。「そら見ろい、あの通り誠ちゃんが負けるんだよ。」「一回でやめとけばよかったに、勝ったもんだから癖にしてまたやったらこの始末さ。」誠二は黙ってこの話し声を聞いていた。誠二の心は今度は淋しさを通り越して、取り返しのつかない侮辱を受けて無念でたまらないような気がしてならなかった。兄の方を見た。自分にだまされて勝って喜んでいる兄を見てますます頼みがいのない兄だというなさけない思いがしてきた。ああ負けねばよかった。誠二には深い後悔の念がたえられないほどわき出たのであった。 誠二の肩をたたくものがある。たった一人のほんとの友だちの信ちゃんであった。「今の勝負。あれは君がわざと負けたのじゃないか。」と言った。誠二はこれを聞いたうれしくてたまらなかった。そして、自分をほんとに知っててくれる人は信ちゃんであると思った。誠二は信ちゃんの手を固く握り、黙って頭を縦に振ってみせた。信ちゃんは大得意になって「そうだろう、なんだかおかしいと思った。あんなにたやすく兄さんに負けはしまいと僕は思っていたんだ。だがなぜ兄さんに勝たせたんだい」と聞いた。それを聞いて誠二はハッとしたようにしてだんだん暗い顔色になってきた。 やや沈黙が続いた後、信ちゃんは「ははあ、わかった。誠ちやん、君偉いね。兄さんに恥をかかせまいと思って負けたんだね。」と言った。誠二はそれに対して「そうだ。」と言うことがどうしてもできなかったのは無論である。 （太宰冶『角カ』による） 誠二は信ちゃんの言葉を聞いたうれしくてたまらなかったが、なぜか。____